海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2020-01-01から1年間の記事一覧

「エースのダイアモンド」マーク・ショア

私立探偵レッド・ダイアモンドを〝主人公〟とする第2弾で1984年発表作。デビュー作「俺はレッド・ダイアモンド」(1983)は、趣向を凝らした設定とノスタルジックなムード全開でハードボイルド・ファンの喝采を浴びた。シリーズのコンセプトは明確で、1930…

「カーリーの歌」ダン・シモンズ

「この世には存在することすら呪わしい場所がある。……カルカッタはこの世から抹殺されるべきなのだ。」一行目から意表を突くモノローグ。この暗鬱で過激な序幕から、どう物語を展開するのか。当時は未知であった小説家の技倆に、間もなく読み手は瞠目するこ…

「サブウェイ123/激突」 ジョン ・ゴーディ

1973年発表のクライム・サスペンスで、大胆不敵な犯罪の顛末を多面的視点で描く。スピード感に満ちた展開は極めて映像的で、三度にわたって映画化もされている。犯人と警察の知恵比べ/攻防を主軸とせず、事件の当事者以外の第三者的人々の行動、社会への影…

「海外ミステリ専門誌」という呪縛

早川書房「ミステリマガジン」が〝海外ミステリの情報も掲載〟する定期刊行誌と成り果ててから久しい。 1956年創刊の前身「E Q M M」時代から、海外の優れた作家たちをいち早く紹介し、珠玉の短編や刺激的な評論で推理/探偵小説の魅力を伝え、多くの海外ミ…

「死ぬほどいい女」ジム・トンプスン

皮肉にも死後になって評価が高まり、米国ノワール界の代名詞的存在となったトンプスン。異端であり前衛でもあった不世出の作家は、半世紀以上を経て今も〝発掘〟の途上にあるのだが、この異才を受け容れる環境がようやく整ったということか。だが、書評家ら…

「緊急深夜版」ウィリアム・P・マッギヴァーン

経験上、新聞記者を主人公とするミステリは秀作が多い。加えて、作者自身が経験豊かな元ジャーナリストであれば、まずハズレはない。マッギヴァーンも、その一人。悪徳警官物の先駆「殺人のためのバッジ」(1951)や、レイシズムに切り込んだ名篇「明日に賭け…

「キングの身代金」エド・マクベイン

息子を返してほしければ、50万ドル用意しろ。若い男二人組が犯罪を実行に移す。大手靴製造会社重役キングの自宅から少年を連れ去り、脅迫電話を入れた。事は順調に運んだ。ただひとつ、最低最悪のミスは別として。誘拐したはずのキングの長男ボビーは、まだ…

「裏切りのゲーム」ディヴィッド・ワイズ

1983年発表作。ワイズは米国のジャーナリストで、CIA内幕物のノンフィクションを何冊か書いている。内情には詳しいらしいが、その経験は本作に生かされてはいないと感じた。謀略を巡る元スパイの捜査活動を主軸とし、娯楽的要素を重視。陰謀自体は荒唐無稽だ…

「殺戮の天使」ジャン=パトリック・マンシェット

持論だが、ストレートに悪と対峙して正義を成すことに比重を置くのが「ハードボイルド」、逆に悪の側面から正義のあり方を問い直す小説を「ノワール(暗黒小説)」と定義している。要は、主人公(=作者)の立ち位置がどちら側にあるか、で決まる。必然的に…

「ドゥームズデイ・ブックを追え」ウィリアム・H・ハラハン

1981年発表の謀略小説。このジャンルは概して大風呂敷を広げるものだが、アイデアの奇抜さで本作は群を抜いている。 ドイツ再統一を目指す結社が、東西分断を引き起こした元凶のソ連を崩壊させるために、前代未聞のシナリオを書く。西側から越境して武器を運…

「諜報作戦/D13峰登頂」アンドルー・ガーヴ

サスペンスの名手として知られるガーヴ、1969年発表の本格冒険小説。翻訳文庫版で230頁ほどの短い作品だが、冒険に賭ける男のロマンをストレートに謳い上げた秀作だ。最新鋭スパイカメラを積んだNATO軍用機が東側に寝返ったドイツ人技術者にハイジャックされ…

「三つの道」ロス・マクドナルド

私立探偵リュウ・アーチャーの創造によって、ハードボイルドの新たな地平を切り拓く前夜、1948年に本名ケネス・ミラーで発表した最後の作品。以前に書いたレビューの繰り返しとなるが、初期4作については、創作への迷いさえ感じとれる素描のようなものだ。…

「ニューヨーク1954」デイヴィッド・C・テイラー

読み終えて溜め息をつく。満足感ではなく、脱力によって。1954年、マッカーシズム吹き荒れるアメリカ。ニューヨーク市警の刑事マイケル・キャシディは、ダンサーのイングラム惨殺事件を担当する。男は拷問を受け、自宅は荒らされていた。間もなくFBI局員…

「叛逆の赤い星」ジョン・クルーズ

激闘の果て、心を震わす終幕。優れた小説は須くカタルシスを得るものだが、重く哀しい情景で終える物語であれば、それはなお倍加され、胸の奥深くに感動が刻まれていく。愛する者を守るため、我が身を焼き尽くす滅びの美学。数奇な運命に翻弄されながらも、…

「子供たちはどこにいる」メアリ・ヒギンズ・クラーク

「サスペンスの女王」と謳われたクラーク、1975年発表作。多角的視点を巧みに用い、読み手を一気に引き込んでいく技倆は流石だ。発端から結末まで余分な贅肉が無く、秀れたサスペンス小説は、引き締まった構成によって生まれるのだと改めて感じた。7年前、…

「ファイナル・オペレーション」ジョン・R・マキシム

1989年発表作。スパイスリラー、ハードボイルド、ラブロマンスなどをクロスオーバーしたオフビートなスタイルが魅力、と評価された作品。主人公バーナマンは、世界中の諜報機関が利用した元暗殺請負集団のリーダー。引退後は正体を隠し、仲間らと共に或る地…

「レッド・オクトーバーを追え」トム・クランシー

1984年発表のデビュー作。テクノスリラー躍進の草分けとなった世界的ベストセラーで、本作をきっかけに同種の軍事シミュレーション小説が一気に量産されることになる。 ソ連が開発した超大型ミサイル原潜レッド・オクトーバー。軍事訓練を兼ねて大西洋への処…

「ラス・カナイの要塞」ジェームズ・グレアム

難攻不落の城塞からの救出作戦。このシンプルな設定で、どれほど魅惑的な物語が生まれることだろうか。発端の舞台はイタリア・シシリー島。牢獄に囚われた義理の息子ワイアットを救い出せ。米国を追放されたマフィアの大物スタブロウは、引退していた元英国…

「ゴールデン・キール」デズモンド・バグリイ

「男の中に熱い血が流れている限り、不可能ということはないんだよ」……これは、冒険小説に通底する〝美学〟を見事に言い表した有名な台詞だ。名作「高い砦」(1965)によって、永遠に記憶されるバグリイ。滾る血の命ずるまま、たとえ愚かと嘲笑されようとも、…

「切り札の男」ジェイムズ・ハドリー・チェイス

米国産ハードボイルドなど生ぬるいと言わんばかりに冷酷非道の犯罪の顛末を描いた処女作「ミス・ブランディッシの蘭」(1939)。無名の英国人作家の衝撃的な登場に、世界中のミステリファンは度肝を抜かれた。私利私欲に塗れた悪党が入り乱れる突き抜けた構成…

「ダーウィンの剃刀」ダン・シモンズ

2000年発表の冒険スリラー。シモンズは、ホラー/SF/アクション/ハードボイルドなど、ジャンルを越境して創作、どの分野でも高い評価を得ている才人だ。小手先の技術ではなく、独自の世界観/スタイルをしっかりと構築し、その道の専門家に引けを取らな…

鉛の心臓は何故二つに砕けたのか。〜「幸福の王子」オスカー・ワイルド〜

人生の旅路。その途上で出会う幾つかの物語。 オスカー・ワイルドが30代で発表した美学の結晶『幸福の王子』は、今でも折にふれて読み返している。耽美で静謐な文章、自己犠牲の尊さと虚しさを説く強烈な風刺。凍てついた街を舞台に、無力な偶像と一羽の鳥が…

「アマゾニア」ジェームズ・ロリンズ

現在(2020年4月)パンデミックの状態にあり、終息する兆しが全くみえない「新型コロナウイルス」によって、感染症の恐さを世界中の人々があらためて実感している。本作では、サブ的ではあるのだが、未知の疫病が蔓延する恐怖も描いている。当然、娯楽小説…

旅の途上、沈黙する街で 【2020.4.1追記】

非日常が日常へとなりつつある。小説や映画ではない。不条理な死がどこまでも現実味を帯びて間近に迫り、脅かしている。ミステリを通して親しんだ海外の都市は情景を変え、そこにあったはずの賑やかな人々の笑顔も失われている。沈黙する街、無辜の人々の死…

「触手(タッチ)」F・ポール・ウィルスン

1986年発表作。病人に触れるだけでどんな難病も一瞬で治す「癒しの力」を手にした名も無き医師の昂揚と苦悩を描いた秀作。 物語終盤で、主人公アラン・バルマーが医者として生きてきたこれまでを振り返る場面がある。……小さい頃から医者になりたかった。「カ…

「拷問と暗殺」デイヴィッド・L・リンジー

1986年発表、ヒューストン市警殺人課刑事スチュアート・ヘイドンシリーズ第三弾。フォーマットは警察小説だが、これまでよりも主題を拡げ、政治色を強めている。 白昼堂々ヒューストンの路上で、メキシコ人の事業家ガンボアを狙った暗殺未遂事件が起きる。暗…

「緋色の研究」コナン・ドイル

シャーロック・ホームズ初登場の長編で1887年発表作。〝名探偵の代名詞〟として今も世界中に浸透している訳だが、私見としては、謎解きの面白さをシャープに伝えるミステリの原型を整えたことが本シリーズ最大の貢献だと考えている。本作は、総じて批評家ら…

「発動!N Y破壊指令」デヴィッド・ウィルツ

1985年発表作。米国陸軍特殊部隊の精鋭スティッツアー軍曹は、山中での演習時に誤ってコヨーテの穴に落ち、三日間閉じ込められて発狂した。その後は専門施設に5年間にわたり監禁されていたが、或る日、新聞を読んでいた男は、まるで啓示を受けたかのように…

「弁護」D・W・バッファ

1997年発表のリーガル・サスペンス。主人公は、新進気鋭の弁護士ジョーゼフ・アントネッリ。冒頭1行目で「わたしは勝って当然の裁判に負けたことはなかったし、負けて不思議のない裁判のほとんどに勝ってきた」と語り始める。そして「わたしの弁護士人生は…

「イプクレス・ファイル」レン・デイトン

1962年発表のデビュー作。デイトンは言わずと知れたスパイ小説界の大御所だが、現在では殆どの飜訳作品が絶版となり、著名な割には読まれていない。玄人好みの作家として定着しているのは良しとして、ル・カレなどに比べて些か不遇な扱いを受けているのは歯…